IMG_7973



1: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:32:53.30 ID:P7Gz8v9y9
1950年、プロ野球が2リーグに分裂してから今年で70周年を迎える。数え切れないほどのドラマが生まれてきた中でも、1985年の阪神タイガースの日本一は未だに語り継がれ、その後の低迷期も含め、多くのファンの記憶に残っている。阪神はなぜ、栄光の日本一から一気に転落していったのか。ベテラン野球担当記者がトレードやFA補強に注目して分析する。(文中敬称略。年齢はその年の満年齢。名前は当時)

「1985年の優勝は先頭打者の真弓明信、クリーンアップのランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の破壊力が群を抜いていた。これは衆目の一致するところでしょう。それに加え、ベテランの移籍組も要所で活躍していた。

 36歳の弘田澄男は前半戦、2番・センターで主軸につなぐ役割を果たし、日本シリーズでも全戦先発出場した。35歳の長崎啓二は右投手の時のスタメンや代打の切り札で欠かせない存在で、西武との日本シリーズでは第6戦で先制の満塁ホームランを放ち、日本一に貢献しました。同じく35歳の永尾泰憲は左の代打としてシーズン打率3割を超えました」(以下同)

 弘田は1984年にロッテから藤倉一雅、長崎は1985年に池内豊との交換トレードで、永尾は1982年に近鉄から金銭トレードで阪神に。30代半ばのベテランが最後の一花を咲かせていた。

「1980年代に入ってから、阪神は実績のある選手をトレードで獲得していました。1983年に横浜大洋から野村収が加藤博一との交換で、1984年に南海から山内新一が無償で入団した。2人とも通算100勝以上の投手でしたが、1985年は野村が39歳、山内が38歳と全盛期を過ぎており、1勝ずつに終わりました。ただ、移籍1年目は野村が12勝、山内が7勝と復活しました」

 ベテランの獲得は即効性があり、短期間で見れば効果はあった。1985年の日本一で味をしめたのか、阪神は翌年以降も30代の選手をトレードで獲得していく。

 1986年、34歳の柏原純一は日本ハムから金銭トレードで移籍し、規定打席未満ながら打率3割1分3厘、17本塁打と相次ぐ故障に泣いた掛布の穴を埋めた。しかし、翌年からは低迷し、在籍3年で現役引退した。そして1987年には、優勝メンバーで26歳と脂の乗った吉竹春樹、23歳の左投手である前田耕司を西武に放出し、33歳の田尾安志を獲った。

「1981年から4年連続3割を打っていた田尾は1985年、中日から西武に移籍。パ・リーグの水に合わなかったのか、2年間不振を極めた。それでも、阪神のフロントはセ・リーグに戻れば変わると見込んだのでしょう。しかし、1年目の成績は打率2割2分1厘とさらに落ち込みました。田尾は翌年、3本のサヨナラ本塁打を放ち、規定打席不足ながら3割を打って復活しますが、37歳の1991年限りで引退。吉竹は堅実な守備を売りに黄金期の西武で準レギュラーとして1995年までプレーしました」

◆トレードで放出した野田はオリックスで最多勝

 1987年は田尾だけでなく、打者も投手も全く調子が上がらず、勝率3割3分1厘で最下位に沈んだ。球団史上初の2年連続最下位に終わった1988年には31歳の金森永時が西武から、30歳の久保康生が近鉄から、1989年には31歳の住友一哉が近鉄から交換トレードで移籍。低迷にあえぐチームの中でそれなりの働きをしたように、この頃のトレード全てが失敗に終わったわけではない。しかし、1990年代に入ると補強の失敗がさらに目立ってくる。

「阪神は1989年5位、1990年6位と下位に定着してしまいます。打開策として1991年にダイエーと4対5のトレードをしたが、結果的に大損した。ダイエーに行った池田親興は抑えとして復活を果たし、大野久は盗塁王を獲得した。南海時代2ケタ勝利を挙げていた藤本修二や西川佳明は1勝も挙げず、わずか2年で阪神を去りました。池田は1985年の優勝以降、伸び悩んでいましたが、大野久は村山実監督が和田豊、中野佐資とともに“少年隊”と名付け、1989年には3割を打っていた。我慢して育てた選手を放出したように、球団に一貫性がなかった」

 同じ1991年には、23歳の遠山昭治を出して、ロッテから33歳の高橋慶彦を獲得。しかし、高橋慶彦はオープン戦の始球式でタレントの山田雅人からデッドボールを食らったことが話題になったくらいで、打棒は影を潜めた。

5/12(火) 16:05 Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200512-00000014-pseven-spo



2: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:33:49.24 ID:P7Gz8v9y9
「広島の黄金時代を築いた慶彦は田尾と似たようなケースで、たった1年でパからセに戻ってきた。中村勝広監督は慶彦の良い時のイメージを忘れられず、開幕から1番で使ったが、打てなかった。この頃は知名度の高い選手に飛びつく傾向がありました」

 補強の失敗を重ねた1991年は2年連続の最下位に終わった。交換トレードのなかった1992年、亀山努、新庄剛志の“亀新フィーバー”、仲田幸司など投手陣の急成長によって2位に躍進する。中村監督は、あと1歩で優勝を逃した原因は打線にあると考え、オリックスから32歳の松永浩美に触手を伸ばし、3年連続8勝以上を挙げていた24歳の野田浩司とのトレードに踏み切った。しかし、野田は移籍1年目の1993年に17勝で最多勝に輝き、1995年からの連覇にも先発の柱として貢献。松永は度重なるケガで80試合出場に留まり、オフにFAを行使してダイエーに移籍してしまった。

「若手を出してベテランを獲るというトレードは博打に近い。仮に1年働いても、長い目でみれば損をする。それなのに、何度も繰り返すのは、移籍組のベテランの活躍もあって日本一になった1985年が脳裏に焼き付いていたのかもしれません。ただ、その年の1番・真弓は1979年に田淵幸一を放出した時のトレード相手で、阪神1年目は26歳だった。ミスター・タイガースを出す代わりに、伸び盛りの若手を獲ったことが1985年に生きたことを覚えておくべきだった」

◆星野監督の補強はそれまでと何が違ったのか

 1993年、阪神は4位とBクラスに逆戻り。オリックスから1994年に石嶺和彦を、1995年に山沖之彦をFAで獲得したが、往年のような働きはできなかった。特に山沖は故障のため1試合も登板せず、自由契約となった。

3: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:34:11.12 ID:P7Gz8v9y9
「1994年、渡辺伸彦との交換トレードでオリックスから移籍した古溝克之が抑えのエースとして復活したように数は少ないが、成功例もある。しかし、球団に首尾一貫したポリシーがあるわけではなく、山沖のように手を挙げたから取りに行くというような場当たり的な補強が目立ちました」

 1994年は4位だったが、1995年から2年連続最下位に沈む。すると、1985年の日本一監督である吉田義男氏が再登板。1998年、関川浩一、久慈照嘉という29歳の2人を放出し、中日から35歳の大豊泰昭、30歳の矢野輝弘を獲得した。

「前年、本拠地が狭いナゴヤ球場から広いナゴヤドームに変わり、大豊の成績は急落した。それなのに、同じように広い甲子園での活躍を望むのは酷でした。矢野はレギュラー捕手に定着しますが、1999年に関川と久慈が中日の優勝に貢献したことで、当時は阪神のトレード下手がクローズアップされました」

 野村克也監督が1999年に就任。前年に阪神に戻っていた遠山、2001年に入団した成本年秀という他球団の自由契約選手の再生には成功しているが、トレードやFA補強が上手くいったとは言い難かった。これを変えたのが、2002年から監督を務めた星野仙一氏だった。2003年にはFAで広島から金本知憲を獲得。日本ハムと3対3の大型トレードも敢行し、坪井智哉、山田勝彦、伊達昌司を出して、下柳剛、野口寿浩、中村豊を手に入れた。大量の選手入れ替えを行ない、チームに喝を入れた星野は18年ぶりの優勝に導いた。

「金本も下柳も35歳で阪神に入団。生え抜きスターの坪井智哉は29歳と脂の乗ってくる時期でしたし、伊達昌司も27歳だった。年齢だけ見れば、それまでのベテラン補強と同じでしたが、星野監督は過去の実績だけではなく、将来を見越す眼力があった」

 金本は在籍9年間で4度の3割、1度の打点王、下柳は在籍8年で5度の2ケタ勝利、1度の最多勝に輝き、2003年と2005年と2度の優勝に主力としてチームを引っ張った。

5: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:34:30.31 ID:P7Gz8v9y9
「下柳はトレード相手の3人よりもNPBで現役を長く続けた。1980年代や1990年代、阪神に移籍してきたベテランは活躍しても1年程度で、3年程度で引退や自由契約になる選手がほとんどでした。単に年齢だけでなく、本当に数年働けるかを見極める力、情報収集力が暗黒時代の現場、フロントにはなかった」

 これ以降、阪神は若手を出してベテランを獲るという場当たり的な交換トレードはしなくなった。目先の勝利を求めるだけの補強戦略にピリオドを打った星野監督は、文字通り阪神を変えていた。

7: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:35:57.57 ID:gEjhR6mV0
マジレスすると吉田監督じゃなかったらもっと勝ってた
誰がやっても優勝できる85年に勝っただけ

14: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:42:24.48 ID:OoURZ3yx0
>>7
吉田じゃなきゃバースが残留してなかったから優勝出来たかどうかも怪しいけどな

8: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:35:57.82 ID:6T9Q7P9g0
阪神は外野の声が強すぎたんだろう

12: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:38:23.16 ID:hxLIfKHo0
仲田、猪俣、中込の豪華先発陣を思い出すな
140km代の球を投げれる投手がいなかった;

22: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:49:49.99 ID:431McGX40
>>12
船木という唯一の光
福原までは遠かった・・・

29: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:52:17.71 ID:y3wOKT5+0
>>12
みんな150kmの速球派だったもんな

31: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:52:26.04 ID:1XQisR1A0
>>12
150kmオーバーの豪速球投手3枚か。
当時としては凄いな。

50: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:05:38.36 ID:4pQczDyc0
>>31
福原がルーキーイヤーで155投げた時は涙が出てきた

13: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:41:37.76 ID:vdWTvRWB0
>年齢だけ見れば、それまでのベテラン補強と同じでしたが、星野監督は過去の実績だけではなく、将来を見越す眼力があった

結果論じゃねーかwwwwww

52: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:07:49.08 ID:P10f+w1z0
>>13
金本は大金、下柳は他にローテpがいなかったっても大きい

15: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:43:18.15 ID:UlJud7tg0
御子柴とかいい投手だったね

16: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:46:01.63 ID:431McGX40
バース
フィルダー
野田
松永
オマリー

ここら辺を簡単に切れるってのが異常なんだよな
代わりに来るのはポンコツばかりだし

24: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:50:33.76 ID:7sAAaNqD0
>>16
松永はまぁ

17: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:46:17.58 ID:omggQ/Iy0
読んでないけど松永浩美やろなあ

18: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:46:30.97 ID:L0xZFIiN0
松永がいらんかった

20: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:48:52.95 ID:UlJud7tg0
石嶺もダメだったな なんでやろ?

27: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:52:06.43 ID:L9mBC4ec0
>>20
石嶺は単なる箱庭ヒッターだったから神戸時代から成績は下降気味だった

28: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:52:17.13 ID:2BA6yonP0
>>20
オリックスでの定位置はDHがメインだったのを無理して外野のレギュラーに置いたこと。
石嶺は若い頃から膝が悪かったのに加えて(元々は捕手だったがこのため外野へコンバート)、
肝炎も患いDH専任に。門田が加入した時にけっこうレフトの守備には就いたけれど、守備はお察し

25: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:50:54.00 ID:Derk3mbh0
矢野大豊は中日とウィンウィンだっただろうが
特に矢野は正捕手不在だった阪神にその後でかかったぞ

26: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:51:38.83 ID:Dgr5/xQR0
大学生の内野手(二塁か遊撃)社会人の投手
ドラフトで競合を避けてこんなんばっかり集めてた

32: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:52:32.21 ID:0pIhBX/l0
ガタ来てるベテラン取るのもいいけど、複数年契約はやめてほしい
ガタ来てるほうは手抜きしたいから複数年で契約したいんだよな

35: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:53:59.37 ID:Py81rjWd0
松永ってFAじゃなかったんだ
ま、結果論だけどえらい損したトレードだったんだな

36: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:55:23.50 ID:mGNolLod0
田尾は本当にアレだったよね
(´・ω・`)

37: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:55:41.97 ID:431McGX40
意外にも星野伸之は星野監督の構想内だったんだよな
頻脈さえなければ、あと数年いけてたかもしれん

38: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:55:45.28 ID:dwgUmbu40
松井を獲れなかった時点で駄目な気がした

40: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:56:33.92 ID:3oM0dYNn0
>>38
松井秀喜一人でなんとかなるようなチームでも無かった気が

55: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:08:50.09 ID:G5kOsx/e0
>>40
でも松井のいない巨人と、松井のいる阪神だったらそんなに差は無かったのでは?

暗黒時代はヤクルトが強かったせいで起きたと思う。
ヤクルトに常にボッコボコにされたからね

39: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:55:45.92 ID:spD0PSIV0
佐々木誠獲った時はどうかしてると思った

47: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:03:15.28 ID:/bjd6Uvr0
>>39
ホークスでは活躍してただろ
日米野球をやるとメジャーで活躍出来る選手は?というインタビューによく名前を挙げられてた

41: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:56:36.25 ID:3bGuC5m20
①球団というか電鉄本社が強くする気ないから
②優勝しなくても監督かえたら2年は観客動員数上向くか維持できるから
③電鉄本社が順位より観客動員数と電車利用者数を気にしてるから
④弱くても関西メディアが持ち上げるから
⑤電鉄本社が高卒選手は礼儀やマナーが悪いって偏見を持ってて最後は排斥するから

42: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 18:59:01.71 ID:9suNJl9V0
伊藤敦規は良かったな、トレードじゃなくテスト生入団だが

49: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:04:36.26 ID:P10f+w1z0
星野監督も中日時代失敗を経験してる
それで学んだ

54: 名無しさん@恐縮です 2020/05/12(火) 19:08:24.84 ID:UlJud7tg0
船木とか活躍すると思ったのにな