【阪神】外国人野手3人同時起用もありえる? 2020年05月28日 カテゴリ:阪神 mixiチェック 545: どうですか解説の名無しさん 2020/05/28(木) 11:39:30.29 ID:cXp4RXi30 外国人5人OKは阪神に一番ありがたいけどな 野手3普通にできるやん 先発投手の日だけ誰か休養日のイメージにするとか 中継ぎをお休みにするとかで対応できるか 【【阪神】外国人野手3人同時起用もありえる?】の続きを読む
バッセンで打ちやすい球速wwwww 2020年05月28日 カテゴリ:草野球 mixiチェック 1: 名無しさん@おーぷん 20/05/28(木)00:51:26 ID:8gv 120くらい 【バッセンで打ちやすい球速wwwww】の続きを読む
ランディ・ジョンソン(25) 通算3勝 2020年05月28日 カテゴリ:MLB mixiチェック 1: 風吹けば名無し 2020/05/27(水) 10:20:40.89 ID:76iGCsCBM まあ100勝できたらええほうやな 【ランディ・ジョンソン(25) 通算3勝】の続きを読む
【悲報】広島・大瀬良さん、藤浪にボール当てられて怒られてた 2020年05月28日 カテゴリ:19 藤浪 晋太郎 mixiチェック 1: 風吹けば名無し 2020/05/28(木) 11:26:35.86 ID:i4162Y160 どうしても人の痛みに寄り添ってしまう性格。あの時、大瀬良大地は無意識のうちに敵味方という大前提を飛び越えてしまった。 2回表1死。制球を乱していた藤浪晋太郎から左腕に「生まれて初めて」死球を受けた。 青ざめた表情で頭を下げる姿を目にした瞬間、痛みを忘れて笑顔を作った。「大丈夫!」。とっさにマウンド上へ声を張り上げたシーンが後に、賛否両論を呼んだ。 2人は過去にオフの自主トレを共にしており、親交が深かった。球団の垣根を越えた友情をたたえる声が上がった。一方で、勝負の世界にあるまじき甘さだと指摘する声も出た。 登板翌日、外野芝生を走っていると、当時の緒方孝市監督から手招きされた。 「みんなが戦っている時にああいう姿を見せるのはどうなのか。グラウンドの外では仲良くしてくれたらいい。 ただ、戦っている最中は倒さないといけない。そういう感情を持ってグラウンドに立ってくれ」 主戦格としての心構えを静かに諭され、大瀬良は自分自身を見つめ直した。 https://news.yahoo.co.jp/articles/53c0ecd7c90f4d04df85b4c945bef162c40f94f4 【【悲報】広島・大瀬良さん、藤浪にボール当てられて怒られてた】の続きを読む
阪神暗黒時代の内幕 藤田平氏が述懐“新庄正座事件”「選手間で決めた」ルール 2020年05月28日 カテゴリ:阪神 mixiチェック 1: 名無しさん@恐縮です 2020/05/28(木) 09:16:18.01 ID:0RETCvh39 阪神の暗黒時代、球団や選手に対する厳格な姿勢から「鬼平」と呼ばれた将がいた-。 虎生え抜き選手初の名球会打者でもある元監督の藤田平氏(72)=デイリースポーツ評論家=が、1995年に就任した2軍監督時代から1軍監督を途中退任した翌96年までを述懐する。 「最悪」と衝撃を受けた現場復帰当初のチーム状態から、新庄正座事件、桧山の4番抜てき、 そして深夜にまで及んだ“籠城会談”など激動の虎を振り返る。(文中は敬称略、役職は当時) 常習化していた選手の遅刻問題の象徴として、今も“新庄正座事件”がメディアで取り上げられる。 実はこの一件、藤田から一方的に命じたわけではなかった。 練習に遅刻した新庄剛志が“罰”として鳴尾浜のグラウンドで正座したのは1995年7月の暑い盛り。 練習に1時間遅れ、同じ時間だけ炎天下の中で膝を折った。 「(新庄には)遅れた分だけ座りなさいと。30分遅れたら30分。 20分遅れたら20分、と選手間で決めてもらったものがあったから。 自分たちで(ルールを)決めなさいと言って、それで決まったものだったからね」 両者それぞれ言い分はあるだろう。それでも藤田からすれば、あくまで選手主体で設けさせた“ルール”にのっとった処遇だったという。 その後、新庄はアメリカン・ノックなどのメニューを消化している。 チーム全体にまん延する遅刻癖に頭を悩ませる日々。 「練習は遅れて来る。だけど、飛行機や電車には遅れない。乗り遅れるから。飛行機や電車にも遅れるなら分かるけど」。 新庄以外では、こんな話がある。藤田は2軍のチーム関係者に“遅刻常習者”だった某選手の夫人へ毎日電話させている。 「(ある日、某選手が)練習に来ないから奥さんに電話したら『えっ、今日は11時からじゃないんですか?』って。 そもそもの開始時間を間違っている。開始は10時。 それから毎日(チーム関係者に)『明日の練習開始時間は10時からです』と電話させた」。 野球以前の話だった。 新庄が正座した日は7月23日。 藤田にとって2軍監督として最後の日でもあった。 その夜、1軍は前半戦最終戦だった広島とのナイター(甲子園)で8連敗を喫す。 それから休養することになった中村勝広監督の後を受け「1軍監督代行就任会見」に臨んだのが翌24日。 藤田が1軍で指揮するにあたり、決意を示した会見前日の出来事だった。 能力は目を見張るものがあった。 初めてグラウンドで新庄のプレーを見た印象を藤田は「レベルが違った」と振り返る。 一方で現役復帰を目指そうとする今もそうだが、当時から話題に事欠かない選手でもあった。 その厳格さから『鬼平』と呼ばれた指導者と、天性が光る当時23歳の人気選手。 この年のオフには「センスがない」と新庄が引退宣言し、直後に撤回する騒ぎもあった。 スター性は誰もが認めるところ。同時に藤田は「甘やかされていたところがある」と危惧していた。 正座の件があってから6日後。1軍監督代行としての初戦で見せた選手起用に、甲子園が沸いた。 舞台は同年7月29日の横浜戦。後に2003、05年のリーグ優勝にも大きく貢献する若虎を4番に抜てきした。=敬称略= ◆藤田 平(ふじた・たいら)1947年10月19日生まれ、72歳。和歌山県出身。現役時代は右投げ左打ちの内野手。市立和歌山商(現市立和歌山)から65年度ドラフト2位で阪神入団。通算2064安打は阪神歴代2位。首位打者・最多安打各1回、ベストナイン7回、ゴールデングラブ賞3回。通算成績は2010試合207本塁打802打点、打率・286。 84年現役引退後、95年に阪神2軍監督から1軍監督代行。96年に監督就任したが、シーズン途中で退任。監督通算成績は170試合65勝105敗、勝率・382。現デイリースポーツ評論家。 5/28(木) 9:00 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200528-00000029-dal-base 【阪神暗黒時代の内幕 藤田平氏が述懐“新庄正座事件”「選手間で決めた」ルール 】の続きを読む